木村花さんを誹謗中傷した男性が侮辱罪で書類送検されました。
「軽すぎる」「たった1人かよ」という声も聞こえますが、それでも僕は大いに意味があったと思っています。
今回は、名誉毀損罪よりも法定刑の軽い侮辱罪での立件になった理由と、今回の書類送検の意義を弁護士の立場から解説していきます。
はじめに
誹謗中傷と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「名誉毀損」でしょう。
では侮辱罪と名誉毀損罪の違いは何でしょうか。両者の法定刑は以下の通りです。
侮辱罪:拘留(30日未満の刑事施設での身体拘束)又は科料(1万円未満)
見てわかるように、名誉毀損の方が遥かに重たいのです。
過去に芸能人が絡む誹謗中傷でもっとも有名なのは、2009年にスマイリーキクチさんに対する名誉毀損と脅迫の罪で書類送検された事件。
過去のセンセーショナルな事件の犯人と決めつけられ、噂が拡散。長年にわたり嫌がらせや中傷を受け続けたキクチさんは、現在も誹謗中傷の撲滅を訴えています。
また、2012年に「アンガールズの山根さんが犯罪を犯した」とデマが拡散された事件や、2016年にシンガーソングライターの小西さんへの中傷を書き込んだ事件は、いずれも名誉毀損罪で立件されました。
一方、2017年には「西田敏行さんを中傷する記事をブログ等にまとめて拡散した」として男女3人が立件されましたが、西田さんが薬物使用者で周囲に暴力をふるっていると広めたことが「西田さんと所属事務所の仕事に多大な影響を与えた」と判断され、偽計業務妨害罪での書類送検となりました。
木村花さんへの誹謗中傷が「侮辱罪」での立件になった理由
名誉毀損と侮辱罪は両者ともにその人の評判を落とすことですが、違いは具体的な事実を摘示したか否かです。
例えば「あいつは女好きだ」は侮辱罪、「あいつは愛人5人いる」は名誉毀損罪となります。
後者は、具体的な事実をあげてその人の評判を貶める行為をしていることが名誉毀損となる要因です。
名誉毀損の方が罪が重いのは、具体的な事実をあげて書いた方がはるかに当人の評判を落とすことになるからです。
一方、侮辱罪は正当な批判との区分けが難しく、憲法21条で保障される表現の自由を過度に萎縮させることにもなりかねないため、重罰を科すのは難しいと言うことになっています。
書類送検には意義がある
「軽い罪状になった」「たった1人か」と不満を表明する声もありますが、私の意見は少し違います。
警察庁によると、全国の警察が2019年に立件したインターネットを使った犯罪は9519件。その中で侮辱罪は22件、名誉毀損罪は230件。
誹謗中傷で刑事事件化するケースは、現状で決して多くないことが分かります。
匿名の誹謗中傷の場合は、投稿者の特定自体が難しいのです。
捜査に膨大な時間がかかり、被害届が出たすべてのケースを立件していくのは現実的ではありません。
過去には誤逮捕もあり、慎重な捜査が求められます。
警察を非難するわけではなく、殺人などのより法益侵害が大きい重大犯罪が優先されるのは当然だと考えています。
ただ、木村花さんの事件は世間でも大きな話題を呼びました。
注目が集まったこともあり、このまま刑事事件化しないでいたら「誹謗中傷しても逃げきれる!」と間違った印象を与えてしまう可能性がありました。
侮辱罪は確かに軽い。誹謗中傷の加害者は他にもいるだろ、とも思います。
しかし「警察が事件として立件した」ことは大きな意味を持つと確信しています。
さいごに
木村花さんの事件を皮切りに、SNSでの誹謗中傷への社会的な関心は高まりました。
この問題に何年も取り組んできた身としては、議論が進んでいくことに期待したいと思います。
ただ同時に、自身への批判をすべて誹謗中傷だと切り捨て、批判者を開示請求を武器に攻撃する有名人が目に入ることを残念に思っています。
誹謗中傷は議論の余地なく「悪いこと」です。
言葉のナイフによって、落ち度がないのに傷つけられ、死を選ぶ人もいます。
民事刑事問わず、苦しむ人々を助ける方向に進んでほしいし「誹謗中傷の仕事なくなったわ!」と言える日まで私は頑張るつもりです。
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「木村花さん中傷書類送検‼︎侮辱罪とは何かを専門家が解説」